
わたしたちが普段から使っている日本語には、音の響きやひらがなで書いただけでは、真意や語源の由来がよくわからないものが多くありますよね。そういったものは、たいてい漢字で見てみると見当がわかります。
『広辞苑』や『語源辞典』を見てみると、思わず「へぇ」と言ってしまうほど、単語のオンパレードです。ヒマなときに見てみると面白いですよ!
「もしもし」も漢字することで歴史がわかる

たとえば電話の開口一番でつかう「もしもし」という呼びかけは、漢字にすると「申し申し」となります。元々は「申し」という感動詞が連なり、短縮されたものです。
ちなみに、日本で電話が開通したのは1890年。当初は「もしもし」ではなくて「おいおい」などが相手に呼びかける言葉として使われていたようです。このような話し言葉や慣用的な言葉にはそれぞれユニークなルーツがあります。
でも「当て字」も多いから一概に信用しちゃいけない
筋の通らないことや、いいかげんであることを意味する「デタラメ」という言葉は、漢字で書くと「出鱈目」と漢字で書いてあるのを見たこともある人が多いと思いますが、実はそれこそがデタラメで、当て字に過ぎません。
また、「デタラメ」をパソコンやスマホで漢字変換すると「出鱈目」と出るので、その漢字が正しいと思っている人も多いかもしれませんね!
ちなみに「デタラメ」の由来は、《さいころを振って、出たその目のままにする意》根拠がないこと。首尾一貫しないことを言うそうです。
「ひとりぼっち」は現代よりもっと孤独感が強い、ひとりで世の中を放浪しているあの人
では、仲間や家族からはぐれ、孤独な状態をあらわす「ひとりぼっち」という言葉はなんなんでしょうか。「ひとりぼっち」は漢字で書くと「独り法師」となり、法師とはお分かりだと思いますがお坊さんのことです。
「独り法師」とは、日蓮宗や浄土宗など、どこの宗派にも属さず1人で世の中を放浪している僧侶のことを指します。もともとは「ひとりぼうし」と呼んでいたのが、時間が経過するにつれて「ひとりぼっち」になり、意味も単に僧侶のことだけを指していたものでは無くなって、「1人でいること=ひとりぼっち」という感じになってしまいました。
ひとりで世の中を彷徨うお坊さんの姿を想像すると、孤独感が強く、いまのただ1人でいることを「ひとりぼっち」という言ってしまうのは、少し生ぬるいように感じますね。

